和歌ノート

八代集(古今・後撰・拾遺・後拾遺・金葉・詞花・千載・新古今)の注釈メモ

古今和歌集巻第一

春歌上 六十八首

春歌上

1

ふるとしに春たちける日よめる

在原元方

年の内に春はきにけり一とせをこぞとやいはんことしとやいはん

  • 定家八代抄・春歌上:1
  • ふるとし:旧年、去年、こぞ
  • 年内立春

2

春たちける日よめる

紀貫之

袖ひちてむすびし水のこほれるを春たつけふの風やとくらん

  • 古今選・春 ○
  • 礼記・月令「孟春之月…東風解凍」
  • 冬:掬ぶ→凍る
  • 春:凍る→解く
  • 冬→春:掬ぶ→解く

3

題しらず

よみ人しらず

春霞たてるやいづこみよしのゝ吉野の山に雪はふりつゝ

  • 定家八代抄・春歌上:10
  • 古今選・春 ○
  • 霞:春の象徴
  • 雪:冬の象徴
  • 残雪:未だ訪れない春

4

二条のきさきの春のはじめの御歌

雪のうちに春はきにけり鶯のこほれる涙いまやとくらん

  • 定家八代抄・春歌上:27
  • 白氏文集「夜来巾上涙。一半是春水」
  • 鶯の涙:泣く⇔鳴く

5

題しらず

よみ人しらず

梅がえにきゐる鶯春かけてなけどもいまだ雪は降つゝ

  • 定家八代抄・春歌上:31
  • 梅に鶯

6

雪の木にふりかゝれるをよめる

素性法師

春たてば花とや見らん白雪のかゝれる枝にうぐひすのなく

  • 定家八代抄・春歌上:30
  • 白雪〜花

7

題しらず

よみ人しらず

心ざしふかくそめてしおりければきえあへぬ雪の花とみゆらん

ある人のいはくさきのおほいまうちぎみの歌也

  • 春への憧れ

8

二条后のとう宮のみやすむ所ときこえける時、正月三日おまへにめしておほせごとあるあひだに、日はてりながら雪のかしらにふりかゝりけるをよませ給ける

ふんやのやすひで

春の日のひかりにあたる我なれどかしらの雪となるぞわびしき

  • 白髪〜雪
  • 白氏文集「一種共翁頭似雪」

9

雪の降けるをよめる

きのつらゆき

霞たちこのめも春の雪ふれば花なき里も花ぞちりける

  • 定家八代抄・春歌上:23
  • 春⇔張る
  • 降る雪〜散る花

10

春の始によめる

ふぢはらのことなを

はるやとき花やをそきときゝわかん鶯だにもなかずも有哉

  • 定家八代抄・春歌上:26
  • 花:柳・梅・桜・藤・山吹など
  • 鶯:春告鳥

11

春の始の歌

みぶのたゞみね

春きぬと人はいへども鶯のなかぬかぎりはあらじとぞ思ふ

  • 白氏文集「先遣和風報消息。続教啼鳥説来由」

12

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

源まさずみ

谷風にとくる氷のひまごとにうち出る浪や春のはつ花

  • 定家八代抄・春歌上:13
  • 古今選・春 ○
  • 白氏文集「池有波文氷尽開」

13

紀とものり

花のかを風のたよりにたぐへてぞ鶯さそふしるべにはやる

  • 定家八代抄・春歌上:28
  • 花信風

14

大江千里

鶯の谷より出る声なくは春くることをたれかしらまし

  • 毛詩・小雅・伐木「鳥鳴嚶嚶。出自幽谷」

15

在原棟梁業平朝臣男

はるたてど花も匂はぬ山ざとは物うかるねに鶯ぞなく

  • 鶯のウの字を憂き方に重ねて言へる心(延五記)
  • 白氏文集「花寒懶發鳥慵啼」

16

題しらず

よみ人しらず

のべちかくいへゐしせれば鶯のなくなる声は朝な〳〵きく

  • 万葉集「梅の花咲ける岡へに家居れば乏しくもあらず鶯の声」

17

春日野はけふはなやきそ若草のつまもこもれり我もこもれり

  • 定家八代抄・春歌上:39
  • 若草の⇒つま
  • 標野を焼く野守への呼びかけ

18

かすがのゝとぶひのゝもり出て見よいまいくか有て若なつみてん

  • 定家八代抄・春歌上:16
  • とぶひ:飛火、烽

19

み山には松の雪だにきえなくに都はのべのわかなつみけり

  • 定家八代抄・春歌上:17
  • 古今選・春 ○
  • 白氏文集「松雪無塵小院寒」
  • 新撰万葉集上・冬歌「冬来松葉雪班班」

20

梓弓をして春雨けふゝりぬあすさへふらばわかなつみてん

  • 定家八代抄・春歌上:18
  • 梓弓⇒押す・張る
  • 張る⇔春雨

21

仁和のみかどみこにおまし〳〵ける時に、人にわかなたまひける御うた

君がため春の野に出て若なつむ我衣でに雪は降つゝ

  • 定家八代抄・春歌上:19
  • 古今選・春
  • 仁和帝:光孝天皇
  • 帝みづから摘み給ふことなけれど、かくあそばすが有心なり(平松抄)

22

歌たてまつれとおほせられし時よみてたつまつれる

つらゆき

春日野のわかなつみにや白妙の袖ふりはへて人の行らん

  • 定家八代抄・春歌上:20
  • 古今選・春 ○
  • 振り⇔振り延へ(ことさらに)

23

題しらず

在原行平朝臣

春のきる霞の衣ぬきをうすみ山風にこそみだるべらなれ

  • 定家八代抄・春歌上:67
  • 縁語:衣〜ぬき〜乱る
  • 春を着る人に仕立てたる(十口抄)

24

寛平御時きさいの宮の歌合によめる

源むねゆきの朝臣

ときはなる松の緑も春くればいま一しほの色まさりけり

  • 定家八代抄・春歌上:68
  • 古今選・春 ○
  • ひとしほ:いっそうに、染料に一度浸して染める
  • 不変性の破れ:変化の強調

25

歌たてまつれとおほせられし時よみてたてまつれる

つらゆき

我せこが衣はるさめふるごとにのべのみどりぞ色まさりける

  • 定家八代抄・春歌上:69
  • 張る⇔春雨
  • 衣はる〜ふる〜色まさる

26

青柳のいとよりかくる春しもぞみだれて花のほころびにける

  • 白氏文集「更有愁腸似柳糸」
  • ほころび:つぼみが開く⇔着物がほころびる
  • 糸〜撚る〜掛く〜乱る〜ほころぶ

27

西大寺のほとりの柳をよめる

僧正遍昭

あさ緑いとよりかけて白露を玉にもぬける春の柳か

  • 古今選・春 ○
  • 柳枝〜糸
  • 露〜玉

28

題しらず

よみびとしらず

もゝちどりさえづる春は物ごとにあらたまれども我ぞふりゆく

  • 定家八代抄・春歌上:37
  • 万葉集「冬過ぎて春し来たれば年月はあらたなれども人はふりゆく」
  • 劉希夷・代白頭吟「年年歳歳花相似。歳歳年年人不同」

29

遠近のたつきもしらぬ山中におぼつかなくもよぶこどり哉

  • たつき(たづき):手がかり

30

かりのこゑをきゝてこしへまかりける人を思てよめる

凡河内躬恒

春くれば鴈かへるなり白雪のみちゆきぶりにことやつてまし

  • 古今選・春 ○
  • 帰雁:春に北へ帰る雁
  • 来雁:秋に北から来る雁

31

帰鴈をよめる

伊勢

春霞たつを見捨てゆく鴈は花なき里にすみやならへる

  • 花なき里:永遠に春の来ぬ所

32

題しらず

よみびとしらず

おりつれば袖こそ匂へ梅花ありとやこゝに鶯のなく

  • 定家八代抄・春歌上:44
  • 古今選・春 ○○
  • 移り香→鶯の声
  • 嗅覚→聴覚

33

色よりもかこそあはれとおもほゆれたが袖ふれしやどの梅ぞも

  • 袖から梅への移り香
  • 家の主人への賛辞

34

やどちかく梅花うへじあぢきなくまつ人のかにあやまたれたり

  • あぢきなく→まつ/あやまたれたり

35

梅花たちよるばかりありしより人のとがむるかにぞしみける

  • 強い移り香:執着

36

むめのはなをおりてよめる

東三条の左のおほいまうちぎみ

鶯のかさにぬふてふ梅花おりてかざゝん老かくるやと

  • 白氏文集「貌偷花色老暫去」

37

題しらず

素性法師

よそにのみあはれとぞ見し梅花あかぬ色かはおりて成けり

  • 定家八代抄・春歌上:46
  • 古今選・春 ○○
  • 色:色彩、姿
  • 観測のスケールに応じて異なる記述

38

梅の花をおりて人にをくりける

とものり

君ならでたれにかみせん梅花色をも香をもしる人ぞしる

  • 定家八代抄・春歌上:47
  • しる:覚・識・悟・察・慮・知

39

くらぶやまにてよめる

つらゆき

梅花匂ふ春べはくらぶ山やみにこゆれどしるくぞ有ける

  • くらぶ山⇔暗

40

月夜に梅のはなをおりてと人のいひければ、おるとてよめる

みつね

月夜にはそれとも見えず梅花かをたづねてぞしるべかりける

  • 定家八代抄・春歌上:48
  • 白氏文集「夜色向月浅。暗香随風軽」
  • 視覚的射影:梅花→白、月光→白

41

はるの夜むめのはなをよめる

春のよのやみはあやなし梅花色こそ見えねかやはかくるゝ

  • 定家八代抄・春歌上:52
  • 古今選・春 ○
  • 元稹・春月「露梅飄暗香」
  • 色の喪失による香の強調

42

はつせにまうづるごとにやどりける人の家に久しくやどらで、ほどへて後にいたれりければ、かの家のあるじかくさだかになんやどりはあるといひ出して侍ければ、そこにたてりける梅花をおりてよめる

つらゆき

人はいさ心もしらず故郷は花ぞむかしの香に匂ひける

  • 定家八代抄・春歌上:53
  • 古今選・雑 ○
  • 不変でないもの:人の心
  • 不変なもの:花の香り

43

水のほとりに梅花のさけりけるをよめる

伊勢

春ごとにながるゝ川を花とみておられぬ水に袖やぬれ南

  • 定家八代抄・春歌上:57
  • 水面に映る花の影

44

年をへて花のかゞみとなる水はちりかゝるをや曇といふらん

  • 定家八代抄・春歌上:58
  • 古今選・春 ○
  • 塵かかる⇔散りかかる

45

家に有ける梅の花のちりけるをよめる

貫之

くるとあくとめかれぬ物を梅花いつの人まにうつろひぬらん

  • 定家八代抄・春歌上:59
  • 人ま:人の見ぬ間
  • うつろふ:色が変わって散りがたになる

46

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

よみ人しらず

梅がゝを袖にうつしてとゞめてば春はすぐともかたみならまし

  • 定家八代抄・春歌上:60
  • 抗うことのできない変化→留めたいという願望

47

素性法師

ちるとみてあるべき物を梅花うたて匂ひの袖にとまれる

  • 定家八代抄・春歌上:61
  • うたて:格別に、異様に

48

題しらず

よみ人しらず

ちりぬともかをだに残せむめのはな恋しき時の思ひ出にせん

  • 恋しき→梅、人

49

人の家にうへたりけるさくらの花さきはじめたりけるをみてよめる

つらゆき

ことしより春しりそむる桜花ちるといふことはならはざらなん

  • 春知り初む:桜咲き初む
  • 花の心

50

題しらず

よみ人しらず

山たかみ人もすさめぬ桜花いたくなわびそ我見はやさむ

又はさとゝをみ人もすさめぬ山ざくら

  • すさむ:もてあそび興ずる

51

山桜わがみにくれば春霞峰にもおにもたちかくしつゝ

  • 桜と霞の干渉

52

そめどのゝきさきのおまへに、花がめに桜の花をさゝせたまへるをみてよめる

さきのおほきおほいまうちぎみ

年ふればよはひはおいぬしかはあれど花をしみれば物思ひもなし

  • 定家八代抄・春歌下:106
  • 花:栄華の象徴
  • 作者は染殿妃の父親

53

なぎさの院にてさくらを見てよめる

在原業平朝臣

よの中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし

  • 古今選・春 ○○
  • 伊勢物語・八十二段
  • 春の心:春そのものの心、春の本性、春の人の心
  • 心を揺さぶる桜

54

題しらず

よみ人しらず

いしばしるたきなくもがな桜花たをりてもこんみぬ人のため

  • たき:急流

55

山のさくらをみてよめる

そせい法師

見てのみや人にかたらん桜花てごとにおりていへづとにせん

  • いへづと:家苞、家への土産

56

花ざかりに京を見やりてよめる

見わたせば柳桜をこきまぜて都ぞ春の錦なりける

  • 古今選・春 ○
  • 春の錦:都
  • 秋の錦:山

57

桜の花のもとにて年のおひぬることをなげきてよめる

きのとものり

色も香もおなじ昔にさくらめど年ふる人ぞあらたまりける

  • 定家八代抄・春歌下:105
  • さくらめど⇔桜
  • 白氏文集「遂処花皆好。随年貌自衰。紅桜満眼日。白髪半頭時」

58

おれるさくらをよめる

つらゆき

たれしかもとめておりつる春霞たちかくすらん山の桜を

  • とむ:求める、尋ねる
  • 隠されていたはずの桜

59

歌たてまつれと仰られし時によみてたてまつれる

桜花さきにけらしも足曳の山のかひより見ゆる白雲

  • 定家八代抄・春歌下:94
  • 古今選・春 ○
  • 白雲〜桜花

60

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

とものり

みよしのゝ山べにさける桜花雪かとのみぞあやまたれける

  • 吉野は雪の所なれば、かくよめり(両度聞書)

61

やよひにうるふ月のありけるとしよみける

伊勢

桜花春くはゝれるとしだにも人の心にあかれやはせぬ

  • 定家八代抄・春歌下:109
  • 古今選・春 ○
  • 春くはゝれるとし:閏三月が置かれた年
  • 桜花への呼びかけ

62

さくらの花のさかりに、久しくとはざりける人のきたりける時によみける

よみ人しらず

あだなりと名にこそたてれ桜花としにまれなる人もまちけり

  • 定家八代抄・春歌下:160
  • 古今選・春 ○
  • 伊勢物語・十七段
  • あだなる花:散りやすい花
  • あだなる人:誠実でない人
  • 儚い瞬間のために待ち続ける

63

返し

なりひらの朝臣

けふこずはあすは雪とぞ降なましきえずは有とも花とみましや

  • 定家八代抄・春歌下:161
  • 古今選・春 ○
  • 伊勢物語・十七段
  • 不変性の否定
  • 来る人の気まぐれ⇔待つ人の心変わり

64

題しらず

よみ人しらず

ちりぬればこふれどしるしなき物をけふこそ桜おらばおりても

  • しるし:効験
  • 盛りの瞬間を束の間とどめおく

65

おりとらばおしげにもあるか桜花いざやどかりてちるまではみん

  • おし:愛・惜・傷
  • 桜の擬人化

66

きのありとも

桜色に衣はふかくそめてきん花のちりなん後の形見に

  • 定家八代抄・春歌下:137
  • 桜が散った後の世界の受容

67

さくらの花のさけりけるを見にまうできたりける人によみてをくりける

みつね

わがやどの花みがてらにくる人はちりなん後ぞ恋しかるべき

  • 古今選・雑 ○
  • 花なき時は訪ね来じの心を言はずして、恋しかるべきといへる(両度聞書)
  • 桜花を惜しむ心の共感

68

亭子院歌合の時よめる

伊勢

みる人もなき山里の桜ばなほかのちりなんのちぞさかまし

  • 桜による救済