和歌ノート

八代集(古今・後撰・拾遺・後拾遺・金葉・詞花・千載・新古今)の注釈メモ

古今和歌集巻第二

春歌下 六十六首

春歌下

69

題しらず

よみ人しらず

春霞たなびく山の桜花うつろはんとや色かはりゆく

  • 定家八代抄・春歌下:142
  • 古今選・春 ○
  • 映ろふ⇔移ろふ
  • 花の移ろい:春の翳り

70

まてといふにちらでしとまる物ならばなにを桜におもひまさまし

  • 定家八代抄・春歌下:143
  • 散るからこそよいという理解
  • 咲き続けて欲しいという願望

71

残なくちるぞめでたき桜花ありて世中はてのうければ

  • 荘子・天地篇「富則多事。寿則多辱」

72

このさとにたびねしぬべし桜ばなちりのまがひに家路忘て

  • 定家八代抄・春歌下:144
  • まがひ:乱れ⇔紛れ迷い
  • その間の興に家路忘れてと言ふなり(十口抄)

73

うつせみのよにもにたるか花桜さくと見しまにかつちりにけり

  • 定家八代抄・春歌下:145
  • うつせみ⇒世

74

僧正遍昭によみてをくりける

これたかのみこ

桜花ちらばちらなんちらずとて故郷人のきても見なくに

  • 定家八代抄・春歌下:146
  • 桜への思い→人への思い

75

雲林院にてさくらの花のちりけるをみてよめる

そうく法師承均

さくらちる花の所は春ながら雪ぞ降つゝきえがてにする

  • 定家八代抄・春歌下:148
  • 花〜雲(雲林院)〜雪
  • 局所的な季節の改変

76

桜の花のちり侍けるをみてよみける

そせい法師

花ちらす風のやどりはたれかしる我にをしへよ行て恨みん

  • 定家八代抄・春歌下:147
  • 恨みん⇔うら(心)見ん
  • 無心のものに心をあらせたる(十口抄)

77

うりん院にてさくらの花をよめる

そうく法し

いざ桜我もちりなんひとさかりありなば人にうきめみえ南

  • 桜花への思い→人生への思い
  • ひとさかり:花の盛り⇔人生の栄達

78

あひしれりける人のまうできて、かへりにけるのちによみて花にさしてつかはしける

つらゆき

ひとめ見し君もやくると桜花けふは待みてちらばちらなん

  • 花を見に来た人→人を待つ作者
  • 人を待つ花→花を惜しむ作者

79

山のさくらをみてよめる

春霞なにかくすらん桜花ちるまをだにもみるべき物を

  • 見る人のいない桜:山の桜、霞

80

心ちそこなひてわづらひける時に、風にあたらじとておろしこめてのみ侍けるあひだに、おれる桜のちりがたになりけるを見てよめる

藤原よるかの朝臣

たれこめて春の行ゑもしらぬまにまちし桜もうつろひにけり

  • 定家八代抄・春歌下:149
  • 古今選・春 ○
  • 花が衰えるという心象

81

東宮雅院にて桜の花のみかは水にちりてながれけるを見てよめる

すがのゝ高世

枝よりもあだに散にし花なればおちても水のあはとこそなれ

  • 水辺の花:花を惜しむ心情

82

桜の花のちりけるをよめる

つらゆき

ことならばさかずやはあらぬ桜花みる我さへにしづ心なし

  • しづ心:花の心⇔人の心

83

桜のごとゝくちる物はなしと人のいひければよめる

桜花とくちりぬともおもほえずひとの心ぞ風もふきあへぬ

  • 桜花の移ろい⇔人心の移ろい

84

さくらの花のちるをよめる

きのとものり

久かたの光のどけき春のひにしづ心なく花のちるらん

  • 定家八代抄・春歌下151
  • 古今選・春 ○
  • 久かたの⇒光
  • ただ、花とも人の心とも、一方に付きがたし(延五記)

85

春宮のたち花のぢんにて桜の花のちるをよめる

藤原のよしかぜ

春風は花のあたりをよきてふけ心づからやうつろふとみん

  • 定家八代抄・春歌下:153
  • 春宮〜春風
  • 心づから散るものと思はば、風に怨みもあらじと言ふ心なり(両度聞書)

86

さくらのちるをよめる

凡河内みつね

雪とのみふるだにあるを桜花いかにちれとか風の吹らん

  • 定家八代抄・春歌下:168
  • 風を恨みたる心、あきらかなり(延五記)

87

ひえにのぼりてかへりまうできてよめる

つらゆき

山たかみみつゝわがこし桜花風は心にまかすべらなり

  • 風の心:花を散らす志向

88

題しらず

大伴くろぬし

春雨のふるは涙かさくら花ちるをおしまぬ人しなければ

  • 春の涙⇔人の涙
  • 世界皆もつて花を惜しむ心切なり(両度聞書)

89

亭子院歌合歌

つらゆき

桜花ちりぬる風のなごりには水なき空に浪ぞ立ける

  • 定家八代抄・春歌下:169
  • 花〜波

90

ならのみかどの御うた

ふるさとゝ成にしならの都にも色はかはらず花はさきけり

  • 定家八代抄・春歌下:104
  • 変化するものと不変なもの

91

春のうたとてよめる

よしみねのむねさだ

花の色は霞にこめてみせずともかをだにぬすめ春の山かぜ

  • 定家八代抄・春歌下:112
  • 白氏文集「夜酌満容花色暖」
  • 匂ひをなりとも、ひそかに誘ひ来よと言ふ心なり(両度聞書)

92

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

素性法師

花の木も今はほりうへじ春たてばうつろふ色に人ならひけり

  • うつろふ色:花の色⇔人の心

93

題しらず

よみ人しらず

春の色のいたりいたらぬ里はあらじさけるさかざる花のみゆらん

  • 定家八代抄・春歌下:114
  • 白氏文集「衆皆賞春色。君独憐春意」

94

はるのうたとてよめる

つらゆき

みわ山をしかもかくすか春霞人にしられぬ花やさくらん

  • 古今選・春 ○
  • 万葉集「三輪山をしかも隠すか雲だにも心あらなも隠さふべしや」
  • 三輪山:神の山→人にしられぬ

95

うりん院のみこのもとに、花みにきた山のほとりにまかれりける時によめる

そせい

いざけふは春の山辺にまじりなんくれなばなげの花のかげかは

  • 定家八代抄・春歌下:115
  • なげとは無の字なり(延五記)
  • かげ:陰⇔影

96

はるのうたとてよめる

いつまでか野べに心のあくがれん花しちらずは千世もへぬべし

  • 定家八代抄・春歌下:126
  • 不朽であることへの憧れ

97

題しらず

よみ人しらず

春ごとに花のさかりはありなめどあひみん事は命成けり

  • 定家八代抄・春歌下:123
  • 花の盛りの周期性:永続する世界
  • 人の命の有限性:観測者の制約

98

花のごとよのつねならばすぐしてし昔は又もかへりきなまし

  • 定家八代抄・春歌下:124
  • 時間発展:見かけの不変性⇔本質的な不可逆性

99

吹風にあつらへつくる物ならばこの一もとはよきよといはまし

  • 定家八代抄・春歌下:154
  • 花により、かくわりなきことも思ふなるべし(両度聞書)

100

まつ人もこぬ物ゆへに鶯のなきつる花を折てける哉

  • こぬ物ゆへに:順接(来ないので)⇔逆接(来ないのに)

101

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

藤原おきかぜ

さく花はちくさながらにあだなれどたれかは春を恨はてたる

  • あだなる花⇔あだなる人
  • はつ:最後までし通す

102

春霞色のちくさに見えつるはたなびく山の花のかげかも

  • 霞の色〜花の色

103

在原元方

霞たつ春の山べは遠けれど吹くる風は花のかぞする

  • 定家八代抄・春歌下:125
  • 霞→花

104

うつろへる花を見てよめる

みつね

花みれば心さへにぞうつりける色には出じ人もこそしれ

  • 衰え散る花⇔衰え移る心
  • 色:花の色〜恋心〜顔色

105

題しらず

よみ人しらず

鶯のなく野辺ごとにきてみればうつろふ花に風ぞ吹ける

  • 定家八代抄・春歌下:127
  • 白氏文集「鶯声誘引来花下」
  • 白氏文集「今日流鶯来旧処。百般言語泥空枝」

106

吹風をなきてうらみよ鶯はわれやは花にてだにふれたる

  • 我を恨み鳴く鶯

107

典侍給子朝臣

ちる花のなくにしとまる物ならば我鶯におとらましやは

  • なく:鳴く⇔泣く

108

仁和の中将のみやすん所の家に歌合せんとてしける時によみける

藤原後蔭

花のちることやわびしき春霞立田の山の鶯のこゑ

  • わびしきにあまたの心こもれり(平松抄)
  • 立田の山:霞立つ⇔竜田山

109

うぐひすのなくをよめる

そせい

こづたへばをのがは風に散花をたれにおほせてこゝらなくらん

  • 木伝う鶯
  • おほせて:責めを負わせて

110

鶯の花の木にてなくをよめる

みつね

しるしなきねをもなくかな鶯のことしのみちる花ならなくに

  • 徴も無き音を、いたづらに鶯のなくとよめり(十口抄)

111

題しらず

よみ人しらず

こまなべていざみにゆかん故郷は雪とのみこそ花はちるらめ

  • 定家八代抄・春歌下:128
  • 古今選・春
  • こま:馬
  • 花〜雪
  • 白氏文集「花下鞍馬遊」

112

散花をなにかうらみん世中に我身もともにあらん物かは

  • 儚く散る花〜儚い我が身

113

小野小町

花の色はうつりにけりないたづらに我身世にふるながめせしまに

  • 定家八代抄・春歌下:122
  • 古今選・春 ○○
  • 色:容色⇔花の色
  • ふる:経る⇔降る
  • ながめ:眺め⇔長雨
  • 作者の人生⇔花の移ろい
  • 同相写像としての掛詞

114

仁和の中将のみやすん所の家に歌合せんとしける時によめる

そせい

おしと思心はいとによられなんちる花ごとにぬきてとゞめん

  • おし:惜し⇔緒し
  • 心はいとに:心緒

115

しがの山ごえに、女のおほくあへりけるによみてつかはしける

つらゆき

あづさゆみ春の山べをこえくれば道もさりあへず花ぞ散ける

  • 定家八代抄・春歌下:129
  • 古今選・春 ○
  • あづさゆみ→張る・春
  • 女の多くあへるを、花に添へてよむなり(十口抄)

116

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

春のゝに若なつまんとこし物をちりかふ花に道はまどひぬ

  • 定家八代抄・春歌下:130
  • 万葉集「春の野にすみれ摘みにと来しわれそ野をなつかしみ一夜寝にける」
  • 時間の遷移:若菜摘み→散る花

117

山でらにまうでたりけるによめる

やどりして春の山べにねたる夜は夢のうちにも花ぞちりける

  • 定家八代抄・春歌下:131
  • 落花の面影:現実⇔夢

118

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

吹風と谷の水としなかりせばみ山がくれの花をみましや

  • 風と谷川→散る花の行方

119

しがよりかへりけるをうなどもの花山にいりて、藤の花のもとにたちよりてかへりけるに、よみてをくりける

僧正遍昭

よそにみて帰らん人に藤の花はひまつはれよ枝はおるとも

  • 花山:花山寺
  • まつはる:長々とからみつく

120

家に藤の花さけりけるを、人のたちとまりてみけるをよめる

みつね

我宿にさける藤浪たちかへりすぎがてにのみ人のみるらん

  • 定家八代抄・春歌下:185
  • 古今選・春 ○
  • 藤浪:風にたなびく藤の花
  • 波〜たちかへり

121

題しらず

よみ人しらず

いまもかもさき匂ふらんたち花のこじまのさきの山吹の花

  • 定家八代抄・春歌下:183
  • 古今選・春 ○
  • 匂ふ〜たち花〜山吹

122

春雨に匂へる色もあかなくにかさへなつかし山ぶきの花

  • 古今選・春 ○
  • 色⇔香

123

山吹はあやなゝさきそ花みんとうへけん君がこよひこなくに

  • あやな:筋が立たない
  • あるじのものへ出でたる家にて、そのあひだによめるなり(両度聞書)

124

よしの河のほとりにやまぶきのさけりけるをよめる

つらゆき

よしの川岸の山吹ふく風にそこのかげさへうつろひにけり

  • 定家八代抄・春歌下:180
  • 古今選・春
  • 山吹⇔吹き吹く
  • うつろひ:移ろふ⇔映る
  • 波立つ水面

125

題しらず

読人しらず

かはづなくゐでの山吹ちりにけり花のさかりにあはまし物を

このうたある人のいはくたちばなのきよともがうた也

  • かはづ:河鹿

126

春の歌とてよめる

そせい

思ふどち春の山べにうちむれてそこともいはぬたびねしてしか

  • 定家八代抄・春歌下:117
  • 思ふどち:親しい人、花を惜しむ心を共にする人

127

はるのとくすぐるをよめる

みつね

あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくもおもほゆる哉

  • あづさゆみ⇒張る、射る

128

やよひに鶯のこゑ久しうきこえざりけるをよめる

つらゆき

鳴とむる花しなければ鶯もはては物うく成ぬべら也

  • 白氏文集「花少鶯亦稀。年年春暗老」
  • 新撰万葉集上・春歌「花貧樹少鶯慵囀」

129

やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山川より花のながれけるをよめる

ふかやぶ

花ちれる水のまに〳〵とめくれば山には春もなく成にけり

  • 散り果てた花→春の終わり

130

春をおしみてよめる

もとかた

おしめどもとゞまらなくに春霞かへる道にしたちぬと思へば

  • たつ:霧がたつ⇔出発する
  • 白氏文集「留春春不住。春帰人寂寞」

131

寛平御時きさいの宮の歌合のうた

おきかぜ

声たえずなけや鶯一とせに二たびとだにくべき春かは

  • 一とせ⇔二たび

132

やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女どもをみてよめる

みつね

とゞむべき物とはなしにはかなくも散花ごとにたぐふ心か

  • 古今選・春 ○
  • たぐふ:属・副・倫・類
  • 散る花〜去る女
  • 白氏文集「無計留春得」

133

やよひのつごもりの日、雨のふりけるに藤の花をおりて人につかはしける

なりひらの朝臣

ぬれつゝぞしゐておりつる年の内に春はいくかもあらじと思へば

  • 定家八代抄・春歌下:191
  • 伊勢物語・八十段
  • 花を折って春を留める

134

亭子院の歌合にはるのはてのうた

みつね

けふのみと春を思はぬ時だにもたつことやすき花の陰かは

  • 定家八代抄・春歌下:189
  • 古今選・春 ○
  • 白氏文集「春尽日宴罷感事独吟」